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2007.11.25

自己表現の手段として(宮城)

梅田で開催された、edgeのファイナルに参加させて頂きました。
高校生のファイナリストの姿が印象的でした。

edgeは社会起業のビジネスプランコンテストで今回で4回目の
開催、自分は毎年審査員という立場で関わらせて頂いています。
http://www.edgeweb.jp/finalist.htm
そこで登場したのが、プレゼンの冒頭で、
「もう僕も18になってしまいました」とのたまわった少年でした。

「不登校や引きこもりの人たちが抱えている思いを、ネットで
の小説を通して伝える仕組みをつくって、社会復帰への第一歩
を提供する-」というプランを発表してくれました。

最後の講評コメントでもしゃべったのですが、
その、強さとナイーブさを合わせもった彼の姿が、どういううわけ
か、尾崎豊を彷彿させました。
(これは神田昌典さんや石川はるえさんも同時に同じことを思っ
たらしいです)

善し悪しは別として、自己表現のスタイルとして、社会起業家と
いう選択肢を持つ若者が登場してきている、という姿をあらためて
見せつけられた気がしました。

たとえば、3、40年前なら、学生運動の闘士であったかもしれない、
あるいは20年前ならロックミュージシャンだったかもしれない。
少なくとも当時のロッカーと同じスタイル、メッセージで、
社会起業家を選ぶ、と宣言する少年がそこにいました。

ただ、かつてと違うのは、権力を強奪しなくても、また商業主義
の力を借りて有名人にならなくても、たとえばネットを使って、
一歩を踏み出すことへのハードルは劇的に下がっているし、
事業を通しての挑戦は、社会のレスポンスを受けながら、自己
満足に陥らず、率直に自らを磨いていくチャンスに、大いに恵
まれているのだともいえます。

彼や彼のような次なる存在たちが、よい成長を重ねてゆけることを。

投稿:by スタッフ 2007 11 25 | 固定リンク

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コメント

さすが宮城さん!!
「社会企業家」というもの、そしてそれを取り巻くものも含めた今のムーブメントを、一過性のムーブメントとしてではなくて本質的に客観的に捉えていらっしゃるなぁと感動して読みました。

宮城さんのメッセージを読んで、行間に滲み出る私たちへのエールとある種の「警告」と共に、自分の今の姿と照らし合わせて、深く深く考え込みました。

これに対する自分の意見は、ちょうど今、地元新聞に全6回で寄稿をしているので、そこで自分の考えもまとめながら書いてみたいと思います。

投稿者: 貝沼航@株式会社明天 (2007/11/29 21:39:52)

お久しぶりです。ファイナリストの18歳です。
ブログに書いていただきありがとうございます。

今は色々な人の協力で色々な計画、準備をして
毎日充実しております。

スキル・知識を高めて自分のSTYLEで進めれるように
頑張ります。
これからもよろしくお願いいたします。

投稿者: 18歳のMUROSAKIです。 (2008/01/09 20:00:17)

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