« 2005年05月 | トップページ | 2005年7月 »

2005.06.30

ETIC.の晩御飯(岡本 健志)

ETIC.のある恵比寿は飲食店はそれなりにありますが、
学生にとっては少し値段が高い感じがします。。。

そんな恵比寿にある、ETIC.では愛用しているお弁当屋さんがあります。

街の弁当屋」というお店で、丼物が500円前後で色々な種類があります。
しかも、ETIC.があるビジネスタワーの18Fまで配達もしてくれる☆

同じインターン生の栗本さんと一緒によく利用しています(2つ以上頼まないと配達はしてくれない^^;)
最近では、秋山君が新しくインターンに加わりました~。
今日は秋山君とともにお弁当を注文してました。

街の弁当屋をWebで見ていて驚いたのが、
.「FreshnessBurger」と同じ系列なんですね!!
ちなみに「おはち」もそうらしいです。
すこし意外な感じがしました。

お弁当以外にも、恵比寿にここはお薦めのお店!!というのがあったら是非紹介してください☆

投稿:by スタッフ 2005 06 30 | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2005.06.29

熱帯夜。(佐々木健介)

最近エアコンがこわれまして・・・

3回に2回くらい、電源が入っても風がでてこない。。

暑さと眠さにはめっぽう弱い僕は、
ほんとうに地獄。。

たまについたときには、本当に感謝の気持ちでいっぱいです(笑)。

暑いからってリモコンの電源入れたら、
すぐにすずしく快適な環境になるって、ほんとうはもっと感謝していいことですよね。

便利なことに、いつも感謝することができる自分でいたいと思っています。


P.S.1
今日は、國學院大學で「インターンシップとは」の授業をしました。
アンケートをみたら、結構いい反応でうれしかった。

P.S.2
月曜日にやった「中国イベント」では、100名以上人が集まり、大盛況。
これを実績に、また新たな展開ができると思うと楽しみ楽しみ。

投稿:by スタッフ 2005 06 29 | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2005.06.28

愛媛にEyes、誕生しました!(横山 史)

四国の愛媛県は、気候が温暖で住みやすく、
野菜も魚も新鮮で美味しい。人は親切。
見渡せば瀬戸内の島々やみかんの段々畑が目に入り、
とても癒される地域です。

一方、「愛媛ではやりたいことができない」と、
都会に出て行く若者も数多くいます。

かつての私もそうでした。

確かに、東京・大阪でしか手に入らないチャンスはたくさんあります。
他地域の刺激的な生活は、自分を変えてくれる気がします。
いつしか愛媛は時々癒されに帰るあくまで故郷、
今後の住まいは新しい土地に求めるようになるかもしれません。

しかし地域では自らチャレンジせずして、
また地域だからこそできることを顧みずして、
多くの若者が故郷を捨ててよいものか。

このままでは日本がアンバランスになるのではないかと、
ある時ふと我に返りました。

自分の成長を感じられる都会の刺激的な環境は、
自分の心意気次第で故郷でも創り出せるのではないか。
いやむしろ、地域だからこそ
若者との化学反応を待って潜んでいるネタはたくさんあるはずだ。
 

愛媛の若者が、地元でチャレンジの機会を得て成長を実感できたら、
将来彼らは愛媛にどんな仕掛けをしてくれるだろう。

何よりも若いチャレンジャーが増えることで、
愛媛の魅力もますます未来へ開けるに違いない。

素晴らしい環境の中、家族が共に暮らしながら、
個人は自己実現に向かって走る。
自分を活かし、主体的に地域と関わり、
自分のことも地域のことも誇らしく語る人が増える。
そしてまた、この地で新しい家族を育んでいく。

愛媛でチャンスを掴み、愛媛で育つ人が増えることを目指し、
2005年Eyes(アイズ)が発足しました。

これからのEyesにご期待ください!

                       Eyes代表 横山 史

投稿:by スタッフ 2005 06 28 | 固定リンク | コメント (4) | トラックバック

2005.06.27

住民から見た熱海

みなさん、どうも!

インターン生の栗本です!

最近、暑いですね~。
僕は、「熱海」という熱い感じの名前の町の出身なんですが、あまり暑いのは得意でなくて、最近バテ気味です(T_T)

というわけで(?)、熱そうな名前の街「熱海」に、先週末帰っていました。
なんか田舎者なんで、たまに良い空気吸わないとエネルギー切れしちゃうんですよ^_^;


ところで、最近、熱海は観光業が振るわなくて大変だ、と報道されることが多いです。その落ち込みっぷりたるや、20年しか生きていない僕にもわかるほどです。

でも、そんな熱海も、僕のように観光客でも観光業者でもなく、住民として熱海を見てきた人間には、昔も今も変わらず静かで豊かな町です。

今回の帰郷でも、実家に籠っているだけだったんですが、鳥のさえずりや、燦燦と窓から降り注ぐ日光、涼しい海風を感じてて、だいぶ元気になりました!

ゴールデンウィークには、友達が来たのでテニスをしたり、釣りをしたり、うまい食事を食べたり、海辺でビールを飲んだりと、逆に疲れるくらい休みを満喫しましたw

さびれた町とか言われている熱海でも、やり方次第で(というか、楽しみ方を知っていれば)かなり楽しいもんです。

皆さんも、実家や自分の家の周りで、面白いもの見つけてみるといいですよ~♪

投稿:by スタッフ 2005 06 27 | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2005.06.24

土・日仕事をするのに適したカフェ(内野博礼)

内野です。

最近はだいぶ暑くって、夜も寝苦しくなってきましたねー。

ちなみにETIC.のオフィスは土・日、エアコンがストップしてしまうので、
「マイミニ扇風機」が活躍します。
自分の机の隣にも、常に渋谷の「さくらや」で買った1980円のマイ扇風機
がスタンバイ。ほかにも全部で4つくらいあります(笑)

オフィスはパソコンの熱で土・日の日中は30度を越えることもしばしば。

ですから土、日に仕事で作業があるときは迷いなく外に脱出します。

僕は、愛煙家でもあるので(オフィスは完全禁煙!)だいたい恵比寿近くの
カフェでパソコンを持ち込み仕事をすることが多いです。

本来、横浜に住んでいるので、みなとみらいの海の見えるカフェで優雅に
仕事をする!なんていうのもオツですよねー。
でも、ついつい恵比寿まで来てしまいます、、、

ちなみに、みなさん、土・日に仕事で作業がある場合は、どこで仕事をしていますか?

ぜひ、恵比寿や渋谷付近で「土・日に仕事をするならココ!」という名所をご存知の
方は、内野までご一報下さい!
(条件:電源を貸してくれる(笑))

投稿:by スタッフ 2005 06 24 | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2005.06.23

近所で起きた非日常(野村 学)

ETIC.事務局の野村です。
私は板橋区の成増という場所に住んでいます。
普通の住宅地で、特に治安が悪いということも無く、事件などめったに起こらない場所です。
そんな自宅の近所で、6月20日事件が起こりました。

第1報はWEBのニュースサイトで知ったのですが、板橋区成増1丁目の建設会社社員寮でガス爆発が発生し、管理人のご夫婦が亡くなられたというものです。
住所から、家の近所だろうなとは思いましたが、その後、写真や映像が流れるようになり、非常に見慣れた光景が画面に現れました。
現場は、自宅から100Mほどの場所であり、行きつけの内科医院の隣で、良く通る場所です。
毎日通る通勤路のの途中で、事件現場へと分かれる交差点があるのですが、事件当日は立ち入り禁止の非常線が張られると共に、普段見慣れない車が大量に付近の道路に駐車しており、また、報道機関の車も止まっていました。
当初はガス爆発したということと、亡くなった方が2名おられるということのみ報道されおり、そうした事故にしては物々しい感じをうけたのですが、後に、殺人だという情報が流されてから、やはりという感を受けました。
近くに住んでる親戚に聞いたところ、事件直後は普段と変わらなかったそうなのですが、時期にパトカーやといった緊急車両のサイレンが多く聞こえ、さらに報道のヘリコプターが何機も上空を舞うという風に、騒然とした感じになったそうです。
現場近くに数多くとまっていた見慣れない車ですが、覆面パトカーとのことでした。事件後、赤色灯を点けて多く集まってきたようです。

事件後数日が経ち、容疑者も捕まったようですが、現場周辺には、なんとなく普段と違う雰囲気が漂い続けている気がします。
非日常は、突然近くに現れ得るものなんだと、強く感じで日でした。

投稿:by スタッフ 2005 06 23 | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2005.06.22

インターンシップフェア舞台裏 Part2(石塚 真保)

先週末の6月18日(土)・19日(日)に、インターンシップフェアが開催されました。

今回は、運営をお手伝いしてくれるSA(エスエー)について書こうと思います。

インターンシップフェアは、インターン経験者である学生さんが、ほぼ全ての運営を行なってくれます。この学生さんたちをSA(Student Associate)と呼んでいます。

私は、学生時代、このSAで、学生受付を担当していました。
当時の写真はこちら
(他にも、企業受付、学生誘導、会場、企業控え室などの担当があります。)

ETIC.スタッフが運営にほぼ携わらないため、SAだった私は、任されている感がうれしくて、一所懸命でした。

さて、スタッフになった私は、今こう思っています。
「SAがいてくれて、本当に助かっている」

SAは、本当に頼もしいのです。
私が何もしなくても、フェアがドンドン進んでいくのです。
それも責任を持ってやってくれるので、安心して任せられ、運営以外のスタッフとしての仕事に専念できます

この奇妙な共生関係(?)は、ETIC.の強みの1つだと思います。
これからも、この関係が続くよう、ETIC.スタッフとして、感謝の心を忘れずにいたいと思っています。

SAのみなさん、本当にお疲れ様でした!
SAがいてこそのETIC.です。
これからもETIC.をよろしくお願い致します(_ _*)

PS:ちなみに、卒業したSAを「社会人アソシエイト」、30代近くなると、「シニアアソシエイト」と名前が変わります。


投稿:by スタッフ 2005 06 22 | 固定リンク | コメント (1) | トラックバック

2005.06.21

転身のご挨拶(番野 智行)

こんにちは、番野です。

ご存知の方もいらっしゃるかと思いますが、
4月より、異文化間コミュニケーション・マーケティングを
専門としたエイコンという社員数名の小さなコンサルティング会社の
経営スタッフに転身しました。

今のETIC.との関係は、

1)法人として、マーケティング・PRの部分の
  戦略立案から実作業までをお手伝いしています。

2)加えて、個人としては、可能な限りいい意味で無責任に?
  できる限りの協力・アドバイスをしたいと思っています。

なので、厳密にはスタッフではないのですが、、、
なぜかスタッフ日記を書いています。

さて、今日は、何故、転身したのか?
何故、異文化間コミュニケーションなのか?について書きます。

・・と思ったら、昨日の由利さんの日記のテーマが
まさしく異文化間コミュニケーションではありませんか、、

ここは一丁、2日連続で異文化間コミュニケーションの話を、、

僕が、転身を決意したのは、ETIC.での4年間に、
マーケティング・PR業務やその他様々な現場を担当してきて、

『伝えたいことがある、伝えたい熱意もある
 ・・・でも、どう伝えていいかわからない/伝わらない』

という場面に本当に多く直面したからです。


対面で話をしている時は伝わるんです。
昨日由利さんも書いていましたが、非言語領域をフルに活用できるので。

でも、WEBや広告(チラシ・ポスター)、プレスリリースなど、
非言語領域をあまり使えない領域では、そうも行かないわけです。


こんな時どう考えるか?

ETIC.的な書き方をするならば・・・

・他者責任:理解できない相手が悪い
・自己責任:理解できるように伝えられない自分が悪い

ということになります。

そう、本来は、伝える側が、伝える側の責任として、
伝わるようにしなくては伝わらない/したほうがいいのです。

・・・いろいろな試行錯誤を繰り返しました。

いろいろな人に教えを乞い、いろいろな本を読み、
いろいろな良質な表現に触れました。

そして、僕の結論は

「社会変革を前に進めるには、スキルってやっぱり大事」

です。


別にNPOセクターに限らず、政府レベルでは、
要人のちょっとした発言をメディアが曲解して報道して
国際問題になったり、ビジネスセクターでは小さな誤解のために
事業提携がうまくいかないという話があったり、、

これは、英語ができるできないという問題では無く、
コミュニケーションの問題です。


そう考えたとき、その最先端?で仕事をした方がいいので、
ビジネスセクターに身を移すことにしました。

加えて、自分自身も経営者としての立場を経験することの重要性、
自分がやりたい領域(NPO・政府など非営利セクターの
マーケティング・コミュニケーション)への取り組みやすさなどを
考慮して、PR会社やコンサルティング会社ではなく、
小さな会社に経営スタッフとして転身することにしました。


この方が、ETIC.にとっても、社会にとっても
いい選択だと、日に日に勝手に確信しています(偉そう?)。

みなさま、今後ともよろしくお願いいたします。


以上、もう3ヶ月近くたっておりますが、
この場をお借りして転身のご挨拶を、、、


*ちなみに、先日ある本で読んだのですが、
 由利さんの書いていたマレービアンの法則は、
 「好き嫌いの感情を伝える場合」に限定した話だそうです。

 先日までの僕も含め、多くの人が誤解しているようです。

 個人的には「7%は無いでしょー」と思っていたので、
 腑に落ちましたが。


エイコン 番野
(ETIC.のマーケティング担当)

投稿:by NPO法人ETIC. 2005 06 21 | 固定リンク | コメント (1) | トラックバック

2005.06.20

こみゅにけ~しょん考 ~快調に、日記は6周目~ (由利吉隆)

今日から、日記は6周目。
毎日更新されるようになり、ようやく「日記」らしくなってきました。

さて、最近、セミナーや講演などで、「コミュニケーション力」の重要性をよく耳にします。
「コミニュケーション」とよく誤って発音される(笑)、
この「コミュニケーション」とは何者なのか?

コミュニケーションに必要不可欠なものとは?
言語?なにか特別なスキル?
どういう人をコミュニケーション能力の高い人というのか?
話の上手い人?プレゼン上手?頭のいい人?
誰?何?

クエスチョンマーク満載で、私もよくわかりませんが(だったら、問題提起すんなよ!(笑))、確かに、言語やボキャブラリーは必要そうですね。効果的に、より深く、こちらの「想い」を伝える為には、一定限度の語彙はあったほうが良さそうな気がします。

では、共通言語がなければ、コミュニケーションは成立しないのか?
言葉は意思を伝達する「手段」なのだから、言葉以外にも何か別の「手段」があれば、代替できるような気もします。

コミュニケーションにおいて、言葉よりも大切なものがあるんじゃないか(もちろん、言語も大切ですが)という経験を何度かしたので、今日はそのエピソードでも書こうかなと思います。凄まじく、長くなりそうな予感・・・


■異言語コミュニケーション
銀行に勤めている時、バックパッカーとして、ひとりで、よく海外に出かけていた。
1カ国につき、一週間ちょっと。かれこれ30カ国くらい行ってみた。
アメリカとかヨーロッパにはほとんど行かない。
東南アジアとか中東とかアフリカとか、世間で言う先進国ではない国々を好んで行った。
カンボジア、ミャンマー、ヨルダン、スペイン、イスラエル、トルコ、エジプト・・・
  
そんな国々の、ガイドブックにはあまり載りそうにない辺境の地に行くと、英語すら通じない状況によく遭遇する。観光地としてメジャーな場所だったとしても、有名なホテルとか、ツーリストインフォメーションや観光ガイドを生業としている人は英語を話すが、そうでない普通の市井の人々は英語を話せないことが多い。

そんな時には、どうせ英語も通じないんなら、こっちは日本語でもいいんじゃないか、みたいな感じで、「日本語 対 現地語」のものすごいコミュニケーションが展開されることになる。そして、それが意外と通じたりする(笑)。


■対 ミャンマー三姉妹
ミャンマーのマンダレーの西にパガンという仏教の三大遺跡のひとつがある。そこに行った時、宿の近くに「トライアングルレストラン」という食事処があった。その店は、三姉妹+おかーちゃんで店を切り盛りしていたが、大抵、客がいなかったので(こっちも一人旅の暇人だし)、彼女らとよく話しをしていた。

先方は、日本語はもとより英語も話せない、ミャンマー語ONLY軍団。
こっちは、英語は普通に話せるが、ミャンマー語は皆目無理。
よって、「日本語 対 ミャンマー語」の、世にも不思議な会話が展開された。

俺「今日もあっついな~(おもいっきり日本語)」
長女「*******、******?(ミャンマー語)」
たぶん、「そうね、暑いね。なんか冷たいものでも飲む?」と言ってる(と大胆予想)

俺「じゃ、バナナジュースおくれ。氷なしで。(もちろん日本語)」
長女「******(ミャンマー語)」
たぶん、「了解しました」(だと思う)

5分後、一番下の三女(10歳くらい)が、氷なしバナナジュースを持って登場。
おお!コミュニケーション成立の瞬間だ(笑)。理由はよくわからんが。

何故か、そのレストランはいつ行ってもタダだった。
飲み物以外も、いろいろと注文して食いまくってもタダ。
お金を払おうとすると、要らないという。

そのうち、店に行ったら、自然にビールが出てきて、注文しなくても料理(店のまかない料理みたいなもの?)が出てきて、一緒に同じものをみんなで食べるようになった。

簡単なやりとりだけではなく、次第にこちらはミャンマー語を、向こうは日本語を少しずつ覚えていき、最後のほう(4日間くらいその地域にいた)は、かなり複雑な会話も可能になってきた。

先方は、ミャンマー語 + 片言の日本語
こっちは、日本語 + 片言のミャンマー語

長女「日本はどんな国なの?」
俺「物価がバカみたいに高いな。みんなコンクリートに囲まれた高いビルで働いている。四季というものがあって、冬には雪という冷たいものが空から降ってくるんだ」
三姉妹、ミャンマー語で「ありえね~」みたいなオーバーリアクション(笑)。

次女「今日はこれからどこいくの?」
俺「パガンの遺跡群を見てくる」
次女「ここからどうやって行くの?結構、歩くと遠いよ」
俺「チャリで行くから、チャリ貸して」
次女「うちにはないから、向かいのおばさんから借りてきてあげるよ」
俺「さんきゅー。どっか夕日の綺麗なスポットってないの?」
長女「いいとこあるよ。○○寺院に登って、そっから見るのが穴場なんだ。」
俺「その寺って、どこにあんの?」
長女「ガイドブックにも載ってないし、説明しづらいな~。パガン遺跡もかなり広いのよね~。」
おかーちゃん「じゃ、この娘(三女)を連れてけば?案内してくれるよ。ミャンマーでは成人した男女が並んで歩くのはタブーなんだけど、この娘くらいならまだ許されるはず」

で、三女(10歳くらい)を、荷台に載せて1時間くらいかけてチャリで遺跡に行きました(傍から見たら、単なる怪しい外国人の誘拐犯みたいなんですけど・・・)。その三女とも道すがら、日本語とミャンマー語で「会話」をしながら、遺跡&寺院巡りをし、綺麗なサンセットも見ることが出来ました。


■対 ヨルダンの散髪屋のおっさん
ヨルダンのペトラ遺跡(『インディ・ジョーンズ3~最後の聖戦~』の舞台にもなった)を見にいった時だ。最初の2日間は調子よく遺跡観光をしていたが、余りの暑さに閉口して、3日目は街中をうろちょろすることにした。

しばらく街を歩いていると、店の前で暇そうに日向ぼっこをしている、いい感じの散髪屋のおやじ(推定年齢60歳)を発見!調度、髪が伸びてきていた頃だったので、話のタネにヨルダンで髪でも切ってみるかと思い、そのおやじに近づいていった。

ヨルダンの人が身につけているターバンを頭に巻いている、変な日本人の俺に気がついて、そのおやじも親しげに笑いかけてきた。でも、どう見ても、英語はまったく話せそうにないオーラが全面から出てるぞ・・・

俺「いや~、暑いですね。(日本語)」
おやじ「****(アラビア語)」
空を見上げながら頷いていたから、たぶん「そうだな」と言ってた(と思う)。

俺「髪の毛を切ってほしいんですけど(日本語)」
おやじ「******?********?(アラビア語)」
たぶん、「何を言ってるんだ、お前は」みたいな感じ。

俺「ここ、散髪屋さんでしょ?だから、髪の毛を切ってくれ(日本語)」
おやじ「*******(アラビア語)」

といいつつ、店内に案内してくれる。で、イスに座れというジェスチャーをしたから、髪をカットして欲しいという意図は通じた。またしても、異言語コミュニケーションが成立した瞬間だ(笑)。理由はよくわからんが。

予想通りそのおやじは、アラビア語しか話せなかったので、
以下、おやじの会話部分は推測訳。こちらはひたすら日本語。

おやじ「どんなカットにしますか?」
俺「全体的に短く・・・いや、ここはヨルダンだから、『アラビアのロレンス』カットにしてください。今、巻いているターバンが似合いそうな感じのやつね」
おやじ「LAWRENCE OF ARABIA?(何故かここだけ英語)どんなカットだよ、そりゃ(笑)」
俺「じゃ、ヨルダンで最近流行りの髪形でお願いします」
おやじ「ヨルダン風の髪型?俺みたいな髪型でいいのか?」
俺「おっさんは、ハゲてて髪の毛、ないだろ!」
おっさん渾身のギャグだったらしく、二人して爆笑。

結局、おっさんの息子の写真を持ってきて、
「こんな感じかな?」と聞いてきたので、「じゃ、それで」ということになった。

そうこうしているうちに、カットは順調に進んでいった。
が、少し気になる事実が発覚。写真に写っていた、その息子のもみあげが綺麗に剃られていたので、少しばかり注意を促した。

俺「もみあげは残してくださいね」
おやじ「なんだって?」
俺「ここのもみあげは切らないで下さい。ここを切るとテクノカットという一昔前に流行った、あまりイケてない髪形になってしまうんですよ。」
おやじ「******、******テクノカット?(アラビア語)」
俺「そう。坂本龍一とかがYMO時代にやっていた髪形のことです。」
おやじ「*********YMO?(アラビア語)」
俺「そうそう。そのYMOにならないようにお願いします」
おやじ「OK。まかせろ」

で、無事にもみあげは切られずにすみ、まずまずの仕上がりにはなりました。
言葉は全然通じてないと思うが、結構、意図は通じるな~。


■対 スペインの湯婆婆
スペインはグラナダにあるアルハンブラ宮殿に行った時のことだ。いつもの旅のごとく、その日泊まる為の宿を探していたら、目の前のゲストハウス(日本でいう民宿みたいなもの)から、黒柳徹子の頭を更にでっかくしたような髪形(中身は何が入ってんだよ、みたいな(笑))をした、強烈なおばちゃんが出てきた。

今にして思えば、黒柳徹子というよりは、当時はまだ上映してなかったが、『千と千尋の神隠し』に出てくる湯婆婆(ゆばーば)に激似だ。今、写真を見返してみても、宮崎駿はこのおばさんを湯婆婆のモデルにしたんじゃないか、と見まごうばかりの似方をしている・・・

キャラは強烈だが、人物的には、人の良さそうなおばちゃんに見えたので、今晩泊まれるかどうか早速聞いてみた。

俺「こんにちは。今晩、部屋空いてますか?(日本語)」
湯婆婆「*******、********(スペイン語)」
俺「Do you have a room available?(一応英語でも確認)」
湯婆婆「*******、*********(スペイン語)」

ありゃ~、これはまたしても、英語も通じない状況の到来だぞと。
夫婦でその宿は経営しているらしいが、夫婦ともに英語は「オーケー」と「ノー・プロブレム」くらいしか話せない。こうして、再び「スペイン語 対 日本語」による異言語コミュニケーション実験室が開幕した。

流石に、ゲストハウスを経営しているのだから、俺が泊まりたいんだということくらいは言葉にせずとも理解はしてもらえる。すぐに中へ案内され、部屋を見せてもらうと、普通の民家の子供部屋みたいだが、なかなか小綺麗にはしてあったので宿はそこに決めた。

すぐに夕食の時間になったが、そこの食事は、その民家のテーブルで、湯婆婆夫婦と一緒にとるという仕組みになっていた。

以下、湯婆婆はスペイン語(会話部分は推測訳)。こちらはひたすら日本語。
(因みに、私はスペイン語なんてさっぱりわかりません)
小道具として、電卓を若干使用・・・

湯婆婆「スペインには、どれくらい滞在するの?」
俺「一週間です」(one weekも通じなかったので、電卓の「7」をポチっと押す)
湯婆婆「それは短いわね~。で、グラナダには?」
俺「2日間くらいです」(と言いながら、電卓の「2」をポチっと押す)
湯婆婆「ええっ!?そんなのあっという間じゃない。もっと、ゆっくりすればいいのにね~、おとうさん」
おとうさん「そうだ、そうだ。もっとゆっくりしろ」
俺「でも、仕事があるからそんな長い休みは取れないんですよ」
湯婆婆「じゃあ、日程もないことだし、今からスペイン名物のフラメンコでも見に行きましょうよ」
俺「マジで?ちょうど、一人で行こうかなと思ってたんですよ」
湯婆婆「結構わかりにくい場所にあるから、連れてってあげるわよ」

んんん~、なんか言葉は正確にはよくわからんが、会話は一応成立してるし、本場のフラメンコも見れるしツイてる(ような気がする)。

そして、フラメンコ会場に向かうバスの中で・・・
(日本語対スペイン語のありえない会話を目撃した、たまたま乗り合わせた学生らしき若者が、見るに見かねて一部英語で通訳してる(笑))

湯婆婆「で、明日は、どこいくの?」
俺「アルハンブラ宮殿に行こうかな」
湯婆婆「じゃあ、いいことを教えてあげる。なるべく早めに行かないと団体さんが来たら、かなり門の前で待つことになるよ」
俺「そうなの?何時くらいに行けばいいのかな?」
湯婆婆「7:30には行かないと」
俺「げっ!早え~よ。長旅で疲れてるし、起きれる自信が微塵もないんですけど」
湯婆婆「起こしてあげるから、早めに行ったほうが絶対にいい。どうしても眠くなったら、宮殿内で寝ればいいのよ」
俺「そういう問題なのか?」
学生「いやいや、絶対、早めに行ったほうがいいっすよ。このおばちゃんの言ってることは正しいっす!(彼は英語)」
俺「そっか~、じゃ、7時に起こして」

こうして、フラメンコも見れたし、アルハンブラ宮殿もくまなく見ることが出来ました。
バスの中は通訳の学生がいたとして、通訳のいないフラメンコ会場でも、湯婆婆こと単なる世話好きなおばちゃんとは、なんとか意思疎通は図れました。

俺が聞きたいと言ったから、湯婆婆の催促で、そのフラメンコのギタリストが、タルレガの『アルハンブラの思い出』(4年ほど前に、豊川悦司と中山美穂が主演のドラマ『LOVE STORY』でかなり有名になった)を弾いてくれたりもしました。


■結局、何が言いたいのか(笑)
まだまだ、
・バリ島の断崖絶壁にいた土産物屋
・ベトナムのヤンキー
とか、いろんな異言語コミュニケーションのエピソードはあるが、いい加減に収束方向に向かわないと、収拾がつかなくなってきたので、そろそろまとめようかなと。

なぜ、かなり怪しいながらも(笑)、言葉の通じない人々とのコミュニケーションが可能となったのか?

日本にも古来から「以心伝心」という思想や、
「阿吽(あうん)の呼吸」とか、
長年連れ添った夫婦間の日常の一コマで、
「か~さん、あれはどこにあったかな、あれ」
「はいはい、この正露丸のことですね」
とか、言葉に出さずともテレパシーもどきみたいな現象が観察されます(笑)。

共通の言語は話さずとも、互いの表情・ジェスチャー・声のトーンなどから、いくらでも話者の感情や伝えたい内容についての情報は得られます。

逆に、言葉が通じないからこそ、より一層そのような言語以外の部分をきちんと観察して、コミュニケーションが成立したのかもしれません。

「Silent Messages」の著者であるカリフォルニア大学の心理学者A・マレービアンは、自分の意志を伝達する手段の重みづけを、実験の結果、
・話す言葉の内容そのもの: 7%
・声の質&大きさやトーン:38%
・表情や身振りや手振り :55%
とした。

この有名な「マレービアンの法則」を引用するまでもなく、コミュニケーションにおいて、不可欠なのは、言葉ではなく、
スピーカーの「伝えたいという意思」と、
レシーバーの「受け取りたいという意思」
なのでは、と思うのです。

話したいな~と想いと、知りたいな~という好奇心。

このようなベーシックな感情・人格は、一朝一夕に培われるものではないし、
コミュニケーションしたいという、人間として必要な最低限の「意思」や「好奇心」さえあれば、
特別なスキルすらあまり必要ないのかもしれない。そして、その表現の仕方も、百人百様でいいんじゃなかろうか。そのことを幅広く「パーソナリティ」と呼ぶのかもしれない。

昨今の「コミュニケーション力」流行りの現状を見て、真のコミュニケーション力を養うこととは、安易に小手先のテクニックのみを覚えるのではなく、総合的な人間力を磨くことこそが、一見遠回りのように見えて、一番の最短距離なのではないかと、思ったりしています。

『パーソナリティこそが最高の戦略である』という言葉を、ふと思い出しました。

投稿:by スタッフ 2005 06 20 | 固定リンク | コメント (2) | トラックバック

2005.06.17

ばなな (高野 愛)

最近発見したのですが、うちのスタッフは、
みんなバナナ好きのようです。

バナナは、あるスタッフのお母さんが、買ってきてくれるんです。


ときどき、朝くると、ミーティング机の上に、1房、30本くらいのバナナが、
どどーんとのっています。

みんなバナナ好きなようで、1回たりとも、そのバナナが夕方まで
残されたことはありません。ひとり、1本だけ! というルールも特に
ないので、(暗黙知レベルではあるのですが)すぐに、なくなって
しまいます。

仕事がらオフィスにいることが多い私でも、バナナにありつけないことが
あるほどです。


そんな状態ですから、外出の多いスタッフは、かわいそうですが、よく
食べれないことが多く、オフィスに帰ってきて、机の上にのこされた、
「バナナの皮」をみては、ちょっぴり悲しそうな顔をして、立ち去っていき
ます。

そんな姿を、ひそかに見ているので、どこかでバナナを買ってこようかな、
と思うのですが、恵比寿オフィス周辺には、スーパーがないため、なかなか
手に入れることができません。

おいしいバナナが手に入るお店を、恵比寿でご存知の方は、ぜひ、
教えてくださいね。


 *なんだか、日記でかくことではないですが、オフィスにこられた
   学生さんが、バナナの皮を発見しては、「なぜ、バナナの皮が大量に
   あるんだろう?」と不思議そうな顔をしているので、書いてみました♪
 

投稿:by スタッフ 2005 06 17 | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2005.06.16

嫁姑バトル(鈴木)

え?これはETIC.のスタッフ日記ですか?と思われるかもしれません。
育児休暇中ということで、ご了承ください♪


嫁姑バトルといっても、みのもん○さんが言っているような
すごいものではありません。
(最初は激烈に怖かったけど、いまは、とても優しくしてもらってます。)

うちの旦那さんは、先日世間をお騒がせした日本唯一の公益放送局で
番組制作のお仕事をしてるんです。


うわ~、かっこいい~!ともしかしたら思う方もいらっしゃるかもしれません。
しかし、実際はそんなにカッコイイもんでもありません。


朝から晩(次の日の朝)まで、死ぬほど働いて、
その割には、視聴者からの評価や感想を直接きけるわけではなく、
あんなに働いているのに、多くの人数で製作してるため、
テロップに名前が載ることすらカットされることもあります。。
3日かかった仕事が十数秒で終わってしまうことも。。


なんか、せつなくはかないお仕事だな~と、
はたから見てると感じてしまいます。
もちろん、自分の製作したものが日本の何千マンの人が見てくれるわけですから、
やりがいはあると思いますが!


うちの旦那さんと、お義母さんは年に10回ぐらいしか会話しないので
結婚してからは、私が「今、この番組やってるんで見てあげてください~」と
知らせてあげてます。


先日、旦那さんの実家にいったとき、
お義母さん毎週やっている旦那さんの番組について話をし始めました。
「あれはよかったわー。」「あれは、どうやって撮影してるの?」など。


旦那さん、うれしそうに「あ、よかった~?」とか言って話し始めました。
視聴者から直接感想が聞けない分、感想など言うととても喜ぶんです。


「あれはよかったわよ~。ねえ、敦子さん!」


「・・・・・・・・。」
ごめんなさい。見てませんでした!
(見てください~。と自分が言っておきながら)


「え!あなた、見てないの?」(妻なのに!という心の声)


負けました。。


お義母さんは、年に10回ぐらいしか口をきいてくれない冷たい息子でも、
今まですべての息子の製作した番組をかかさず見てるのです!
37歳になった息子でも、一番喜ぶことを忘れてないんです。


それからは、心を入れ替えて毎回火曜日の夜にはテレビの前で
正座して見るようにしました(笑)(←うそ)


何歳になっても、母というのは子供のことを思ってるんだな~と
ちょっと感慨深いできごとでした。


ちなみに、こんな番組やってるんです。
もしも、面白そうだったらどうぞ見て、何かしら感想など送ってあげてくださいませ。
「発見・ふるさとの宝」(NHK 毎週火曜日 23:15~23:45)

投稿:by スタッフ 2005 06 16 | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2005.06.15

父の日(宮城)

先日徳島の実家で祖父が亡くなった。
94歳の大往生。
祖父は戦争にも行き、その後長く小学校の校長をつとめあげた。
自分はその明治気質の祖父に育てられた。

祖父の存在は、
まさに、家の中に校長先生がいる、というかんじで、
長幼の序は絶対。キビシク躾けられた。
とくにモノを粗末にすることにはうるさく、
食べ残しなどは一切許されなかった。
自分がなんとなく昔から年寄りくさいといわれるのは、
この育ての親である祖父と祖母の影響であるにちがいない。

あたりまえだけど、思えば祖父は与えてくれる一方の存在であった。
しかし、自分はまったくその恩に報いることがなかった。

たしかに私が大学で上京するころに既に80を越えていた祖父母は、
いわば人生の黄昏時にさしかかり、病院での生活を送っていた。
すぐに忙しくなってしまった私は、そんな祖父母にたいし、
東京で頑張りぬくことが、その期待に応えることだと勝手に思っていた。

覚悟はしていたはずなのに、あらためて危篤の報をきいたとき、
しまったって、急に目が醒めたきがした。

もっとも身近で、お世話になった人にさえ、何ができただろうか。
わかっているつもりで、
あまりにも大事なことを忘れて生きていることが多い。

今年の正月、好物だったクッキーをもって見舞いにいったとき、
じいちゃんは珍しく元気で、驚くほど多弁だった。
「おまえのやってることはなかなか世の中は理解しれくれんかもしれんけど、
 気にするなよ。大事なことだろうからしっかりやれよ」
実は仕事のことなどもあまり話したことがなかったので、とても意外で、
じいちゃんよくわかってんなあと、妙に関心したのを覚えている。
次に会えるときには、自分の出ているDVDとか持っていこうかと思っていた。
結局それが自分への最後の言葉になった。

今週末は父の日。
後で後悔しないように、お世話になった生きている人たちに何ができるか。

そして、祖父がなくなるときにくれた宿題というか、プレゼントといか、
あのくやしい気持ちを忘れずに、
その恩に報いるような人生をおくりたいと、あらためて思います。

投稿:by スタッフ 2005 06 15 | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2005.06.14

涙、涙の会議でした(竹内 路子)

先日、とある会議に行ってきました。
今日は、ちょっとその話を。

毎年3回開かれるもので、昨日が35回目を数えます。

銀行の頭取が、有名企業の経営者が、市長が、
心待ちにしている会議。そんな会議があるのです。

黄色い看板でおなじみ、本のリサイクルチェーンの、
ブックオフコーポレーションの「経営計画発表会」がそれ。

昨日も、吉野家の安部社長やモスの桜田社長、東京大学 伊藤元重教授など、
会場には来賓100名以上と、社員やパートアルバイト合計800名以上が集まった。

来賓の方々が一番楽しみにしているのが、「現場からの体験報告」

毎日、現場で戦うアルバイトスタッフからの報告。
5分程度のスピーチだが、現場にドラマがある。自分の欠点と向きあい、
お互いさらけ出し、その中で人と結びつく喜び、成長する実感を得ていく。
そのプロセスが、彼らの口からストレートに語られる。
大勢の来賓も、思わず、涙する。拍手を贈る。
その後のスピーチで、涙で言葉につまる来賓もいる。

大学教授も経営者も銀行マンも、感動の涙をする心は一緒なのだと、
この会場を見ていつも感じて、勇気をもらう。

そして、人が育つことが、国にとっても、社会にとっても、企業にとっても、
一番尊いことなことなのだと改めて思う。

人が育つという意味で、この会社には数年前から大きく注目している。
この会社でも、ETIC.出身のインターン生が活躍している。

学生で店長・社長を任されるブックオフ制度を活用して飛び込んだ早稲田男、
佐々木真吾くん(早稲田大学4年)

最初に会った時の彼は、アロハシャツ?に半パンツ、ビーチサンダル。
なんと面接にもほぼ同じ格好で現れ、面接会場がわりの喫茶店で、
煙草を吹かして「お金持ちになりたい」と語っていた。

早稲田に入学し、芝居一本で来た彼が、とある理由で芝居をやめ、シャバに
出てきた時、彼には夢が持てず、「お金」を得てリッチな暮らしをするという
それを夢として、まずは走ろうとしていた。

その彼が、学生ブックオフに飛び込んで、
会うごとに謙虚になっていく。人の気持ちを察する人になっていく。
その変化は私自身も目を疑うほどだった。

なぜ、と聞くと、、

今までの自分で飛び込んだとき、パートアルバイトさんは
全然ついてきてくれなかった。信用されなかった。
「佐々木さんについていきたいと思いません」といわれた。
トイレで泣く日もあったという。

「この人のため」そう思う気持ちがあるからこそ、人はがんばれるんだ。
彼は、それに気づきはじめていた。

どんな人だったら、「この人のために」って思えるのだろうか?
答えは簡単だった。自分のことを大切に思ってくれる人、自分に対して
限りない愛情を注いでくれる人。そういう人のためだったら、人はどこ
までもがんばれる。

彼の方から、パートアルバイトさんに本音の自分を出していった。
店は、売上のためにやっているんじゃない。
一緒に働くパートアルバイトさんが成長してくれるためにあるんだ。
彼らと向きあい、何時間でもお互いが理解できるまで話した。
みんなが困っていることに耳を傾けた。
店の状況を包み隠さずつぶさに伝え、一緒にこんな店を作りたいと話し合った。

その直後、彼は早稲田駅前店という自分の店を持った。
26坪の小さな店舗ゆえに悩まされることも多かった。
狭いから限界がある、そんな風に消極的になっていた時期もあった。

そんな彼を、立ち上げ以来、支え続けてくれた山畑さんという
アルバイトスタッフがいた。

ある時、社員になることを考えていた山畑さんに、もっと
広い店舗に異動するという話が持ち上がった。

自分自身にも、狭い店舗にも自信がもてずに
「早稲田駅前店よりも、あちらの店舗の方が、山畑さんも成長できる」
そう漏らした彼に、山畑さんは即答した。

「早稲田駅前店でやり続けます。私が利益を出します。利益を出して、
 佐々木さんは、ブックオフ早稲田を立ち上げて、2号店を出しましょう。
 そのときに、その店の店長を私にやらせてください」

今でも決して忘れない。彼のこの言葉が自分を変えた、と彼は言う。

ついて行きたいと思わない、と言われた彼。
今では、私がついていきますと、彼の背中を目指して走ってくれるスタッフがいる。

「この人が活躍できる場所をつくるために必死でやろう。何があっても
 この人のためにがんばろう」そう思ったと語ってくれた。

真剣勝負、逃げることのできない現場が、人を変え、人を成長させる。
お店であり、パートアルバイトの一人ひとりの幸せであり、
大きな責任を持った人は、とてつもなく強く、見違えるほど成長する。

人間の成長の裏側にある「責任」を担う、それがインターンシップの
成長の秘密だと思う。仕事は問わない、自分の今の仕事に誇りを持って、
その仕事を通じて、社会への責任を果たしていく。

昨日会った佐々木くんは、本当に、いい男に成長していました。

投稿:by スタッフ 2005 06 14 | 固定リンク | コメント (1) | トラックバック

2005.06.13

夏の風物詩(伊藤淳司)

関東地方もついに梅雨入りしてしまいました。
じめじめと鬱陶しい季節ですが、これを過ぎると夏がやってきます。
前回は「春の風物詩」ということでしたので今回は夏をテーマに・・・

今年の夏は、いつもの夏と一味違うことをしようと企んでいます。
その一つが「浴衣」。

浴衣といえば花火大会、屋形船と併せて
いわば夏の風物詩のようなものですよね。

ついつい女性のもの、と思いがちな浴衣ですが、
そもそも浴衣は着物を日常着として着ていた時代、
湯上がりなどに肌に直接着るさらに普段着のようなもの。

そこで、我が家に突如としてやってきたキモノブームに付き合い、
まずはごくごく普段着である浴衣から挑戦しようと思います。

早速手に入れた浴衣は、紺地に白の幾何学模様が入った柄。
身にまとった感じはのりがきいていてぱりっとした感覚。
これなら汗だくになる夏でも少し涼しくなった夕方だったら
見た目にも爽やかで着心地もよさそうです。

そしてこの浴衣、実は非常に便利。
1枚の布を身にまとうのと同じ感覚ですから、
これから先、例えばお腹が出てきてしまったとしても
(僕のお腹は多分、出ませんが・・)
身長(身丈)さえ変わらなければ大丈夫!
サイズが変わるごとに新調しなければならない洋服に比べて、
実は非常に合理的で経済的です。

こうやって一つずつ知識をつけたり、
着物のよいところに気付いていくと、
さらにその道を究めたくなるのが人の常ですね。

次は草履を買おうと思います。

皆さんも、男の浴衣、いかがでしょう。

投稿:by スタッフ 2005 06 13 | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2005.06.10

自分経営という授業2(内野博礼)

ETIC.内野です。

先日、早稲田大学商学部で講師をしている潜道文子先生とお会いしました。

潜道先生は、商学部で「ビジネスゲーム」という授業を教えています。

この授業、自分で事業アイデアを持つ学生が社長として手をあげ、そこに他の
学生が社員として参加、チームでビジネスアイデアをブラッシュアップしていく
という形式を取るユニークなもの。
1限からはじまる授業にも関わらず、60人もの学生が参加しているそうです。

ビジネスアイデアの内容は様々なようですが、商店街の活性化などの社会的な
課題を取り上げたものが最近増えてきているとのことでした。
「ビジネスゲーム」という、普通のビジネスっぽいタイトルの授業に、
こういった社会的な課題をどう事業化させていくかに関して関心を持つ学生が
受講しているのを考えると、やはり最近の起業に関心を持つ学生が
見据えている方向性の変化を感じます。

ETIC.が学生や20代を対象に行っている事業計画講座の受講生に対して、
以下のようなアンケートを最近、取ってみました。
Question:「起業するなら、どういうスタイルの起業を目指しますか」
「できるだけIPOを目指したい or できるだけ社会的な課題を解決する事業を行っていきたい」

結果は80%以上の受講生が後者を選びました。おそらく5年前であれば、
このパーセンテージは随分と変わっていたと思います。
(もちろん、この2つが両立できないということではないので、極端な選択肢ですが)

潜道先生に、こういった話や、ETIC.で行ってる社会起業家を目指す若者向けの
プログラムの話、以前、この日記でも書いた「自分経営」の授業の話をしたところ、実は先生も通常の経営戦略を教えているけれど、
一番関心がある領域は、NPO経営や企業倫理なんだということで、とても共感をして下さり、
話は大いに盛り上がりました。

学部レベルで「自分の問題意識や社会的な課題をどう事業として解決するか」を扱った
授業が増えればと、常日頃から考えていたので、先生との出会いは非常に
大きなものでした。
先生となら一緒に新しい授業ができそうだ!と思い、「新しい授業を作りましょう!」という
ご提案をさせて頂きました。

早稲田大学では、秋から来年度のカリキュラム編成のプランニングが始まるので、
それに向けて、先生といろんな企みをしていきたいと思う今日この頃です。

投稿:by スタッフ 2005 06 10 | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2005.06.09

会津の三泣き(山内幸治)

今日は日帰り出張で会津本郷町に行ってきました。

今年度のチャレンジ・コミュニティ創成プロジェクト(WEBがリニューアルオープンしました!)に新しく加わった、株式会社明天の貝沼さんとのミーティングのための出張です。

会津本郷町は、会津若松市のそばにあり、会津本郷焼という伝統工芸品を抱える人口6,600人程度の小さなまちです。今日はミーティングのほかにも、会津本郷焼の窯元さんのもとにも訪問をさせてもらいました。

今日お会いした宗像窯の七代目、宗像亮一さんという窯元さんは、日本を代表する陶芸家の一人であり、その作品の質は、素人目に見ても、明らかに素晴らしいものでした。そして何よりも感動したのは、その方の人間性とスタッフの方々の徹底したホスピタリティ。ひとつの分野を何十年と徹底的に追求していった職人としての生き様であり、その厳しさと優しさが、言葉や振る舞いの端々に醸しだされていました。

昨年12月に、チャレコミに関わる皆さんと由布院へ視察に行ったときの感動が瞬間的に蘇ってきました。由布院も40年間という年月をかけて今の姿に辿り着いています。いわゆるリゾート型の温泉地が脚光を浴びていた時代から、恵まれた自然環境をいかした滞在型の温泉地を目指してきた由布院。40年間という年月を経て、そのビジョンは地域の人たちにも広く伝わっていき、何とも人間として魅力的な方々が由布院というまちに集まってきていました。

ITベンチャーの世界で言われるドッグイヤーという価値観とはある意味対極にある世界ですが、そうでなければ作り上げることのできないものがあります。

ちょうど今朝の日経新聞「交遊抄」に、こんな文章がありました。
「今の日本人のモラル低下は伝統文化がきちんと継承されていないからでしょう」

東京にいるだけでは気づかない大切なものを、地域に行くといつも学ばせてもらっています。

他にも元セミプロのミュージシャンという破天荒な町役場の方ともお会いしました。役所勤めをしながら続けていた音楽で、7000件の応募から最終選考に選ばれ(その時のグランプリ受賞が槇原敬之だとか・・)たらしく、30歳を目前に控え、プロを目指すか役所に残るか悩んだ結果、親族会議を経て、最終的に家族であり会津本郷町を選んだという方でした。

この人がまた面白い。これもまたアポなしでご挨拶だけと思って訪問したのですが、予定を大幅にオーバーし、2時間も話し込んでしまいました。。


会津には会津の三泣き、という言葉があります。

会津に来る時には閉鎖的な人間関係に泣かされ、馴染んでくると人情の深さに泣かされ、出ていくときは会津人の人情が忘れがたく泣く。(他に、初めはよそ者扱いに泣き、住むと気候・風土の厳しさに泣き、最後は会津人の人情に触れて別れがつらくて泣く、という説もあるようです。)


こんな素敵な人たちに揉まれながら、明天の若き社長、貝沼さんが今年1年間でどれだけ会津というまちに新風を吹き込むことができるか。

また楽しみな仲間が今年のチャレコミに加わりました。

投稿:by スタッフ 2005 06 09 | 固定リンク | コメント (2) | トラックバック

2005.06.08

大盛り=幸せ(渡辺 利征)

ちまたは、サッカーW杯出場で大騒ぎ!?たぶん、どこのBLOG日記もW杯の話し一色とのなのでしょう。
ということで、
今日は先日の僕と学食のおじさんとのやりとりの1コマをご紹介します。


「エビフライ定食!!
 ごはん大盛りで」。

「はい、ごはん大盛りね」。


そして言われた一言


「大盛り食えるってことは幸せということだからね」。


「というと?」


「理由は3つあんだよ。

 1.腹が減ってないと大盛りは食えない
 2.お金がないと食べれない
 3.大盛りが食べれる元気がないと食べれない

 だからあんちゃんは幸せだよ」。


(揚げたてのエビフライ登場)


「いただきます」。


大盛りが食べれる自分とそしてこの大盛りが食べれる環境に感謝です。

最後に一言、
今日は友人の淳くんが誕生日でした。

誕生日おめでとう!!

日本代表W杯出場おめでとう!!

投稿:by スタッフ 2005 06 08 | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2005.06.07

細田飛鳥

ホソダアスカと言えば・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

一週間ほど前から、ETICでインターンを始めた細田飛鳥@チョコレート中毒です。

ということで、軽い軽いとってもラフな自己紹介をしようと思います。

ホソダアスカと言えば・・・チョコレート中毒。
ホソダアスカと言えば・・・便秘と食物繊維の研究。
ホソダアスカと言えば・・・白玉団子。
ホソダアスカと言えば・・・クロスワード。

私を形成している要素は大きく分けてこの4つです。就職活動を面接でもこれを言いつづけました。
ESの特技の欄にも書きつづけました。

そんな私が一週間で食べたチョコレートは

LOOKのグレープ味(新発売)
グリコのちょっとおやすみウェハース味。
チロルチョコのコーヒーフロート味復刻版(新発売)。
ブルボンの豆乳ウェハース(新発売)。
チロルチョコヌガー
チロルチョコイチゴプリン
GABA(新発売)
マカダミアナッツ
Franのブルーベリーヨーグルト
不二家のスタイル(新発売)
チょっとおまけで、すいかグミ。←レア。

因みに高級なチョコレートでは、GODIVAよりピエールマルコリーニがお勧めです☆

1日3食、こんな生活を続けて、大学4年間で8キロ太りました。
見違える。見違える。
これだけ食べるので、1日3件はコンビニを必ず徘徊し、棚割をチェックします。
ちなみに、今日の0時過ぎから、一部のセブンイレブンでは新商品の入荷がなされます。
今日はそうゆう日。


実家に帰れば、動物園に勤めている父が飼育している「豚ちゃん」と一緒の扱いをされます。

ホソダアスカはこんな輩です。ごひいきよろしく!

6月18日と19日のインターンシップフェアもよろしくお願いします。ぺこりぃ。

投稿:by スタッフ 2005 06 07 | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2005.06.06

ある深夜のETIC.にて。(吉田早有理)

恵比寿ビジネスタワー18F、23時過ぎ。

オフィスに残るは9名のETIC.スタッフ。 (相変わらず多いな)

石塚のパソコンの前に集まり、見つめるは、ある一通のメール・・・

   石塚のパソコンには、
   たてに文字が羅列されている。

   ・・・
   カメの反乱、
   疾風街道、
   紙飛行機、
   卍固め、
   匍匐前進
   ・・・
   ・・・

9人はそこはかとない議論を繰り返す。

 「やっぱこれっしょ~~。」
 「いや、この葡萄…じゃないや、匍匐前進がいい」
 「うっちーは、降りてくくるといいのが浮かぶんだ」
 「でも。降りてくるまでに時間がかかるんだよな」
 「このままじゃ情O大陸になっちゃうよ~~…ぱくりやん」
 「いや、カメでしょ、カメ。カメなんて反乱おこさなさそうなのに、反乱!みたいな」
 「反乱とか一揆ってそんなに不満があるのか…」


 ここから生まれる、明日の日本。
 ここから生まれるチャレコミの要、ハート、愛。


  皆さんに前にその全貌を現すのは、7月頭!
  好ご期待!!!!

            あ、CPに配布されるチャレコミ新聞の名前です(・・;)
            (身内ネタですみません)

            ⇒チャレコミWEBも8日にリニュアール!
              よろしくお願いします

投稿:by スタッフ 2005 06 06 | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2005.06.03

SNSとナレッジマネジメント(岡本 健志)

ETIC.インターン生の岡本です。

チャレンジコミュニティー創成事業(以下、チャレコミ)の中で今は活動しています。
私が今やっていることがみんなのもっているノウハウを共有していくことを促進していくことです。
OKWebを導入しています。
そのノウハウ共有、ナレッジ共有といったことと、SNSとの奇妙なつながりを書きたいと思います。

私とSNSの出会いは1年ほど前、友人からmixiを誘われたところから始まります。
このmixiは招待制なので自分で勝手に登録することは出来ず、誰かに紹介してもらわないと入れません。
ちなみにETIC.ではほとんどの人がmixiに入っています。
同じETIC.インターン生の栗本さんはmixiにかなりはまっているとか・・・。

このmixiの不思議なところは、なぜか無性に書き込みが自分のページにされていないかが気になる点。
書き込みがあれば、すかさず返事を書きたくなります(笑

ETIC.が導入したOKWebのシステムに対しても、チャレコミ関係者が無性に書き込みないか気になり、書き込みたくなるように仕向けたいと模索中です。

ここで、書き込みたくなるmixiのポイントを考えてみました。
(沖田さんに非常に参考になるすばらしいアドバイスを受けながら、
自分なりにもまとめました。)

誰から紹介され、紹介状についていたメッセージに惹かれmixiに登録

紹介してくれた人のページを訪問。

紹介者と自分の共通の友達のページへ訪問

足跡が残る。

共通の友達からリンク承認が届く、紹介文を書かれる

日記をとりあえず書いてみる

周りがレスをくれる

知らず知らずのうちにmixiにコミットせざるを得ない状況へ

とこんな感じに思えました。
OKWeb中毒者を出させるくらいにして見せます!!
それによって、チャレコミ内で活発にナレッジが飛び交うようにしたいです。

投稿:by スタッフ 2005 06 03 | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2005.06.02

女子寮の素顔(横山 史)

こんにちは!横山です。

今日は夏の訪れを感じる暑い1日でした。6月ですね~。
それにしても5月はあっというまでした。早すぎっっ。

さて、今日はインターン生の素顔に迫ってみたいと思います。

ETIC.のインターン生のうち、約3割は
実は東京ではない地方の大学生です。

どうやって東京でインターンしているかというと、

  ・半年や1年間休学をして、
  ・学校のカリキュラムの一環として、
  ・長期休暇を利用して、

など様々工夫をして上京して、インターンに取り組んでいます。

そして、そういった上京学生が共同生活をしている寮が
ETIC.のまわりにはいくつかあります。

私も今、高知や島根から来ている
3人の女子学生と共同生活をしています。

慣れない都会で、自分が決めた目標に向かって夜遅くまで頑張り、
まだまだ力が足りないからと家でも本を読み、
朝からお弁当を作って出勤する姿なんかをみていると、
わたしもがんばろうって思わせてくれます。

  -大学・友人・家族から離れて自ら変えた環境。
    日常と離れてまでやってみようとした決意。
  -学校に戻らなきゃいけない期限があるからこそ
    一日一日を大切に成長しようとしている心意気。

こんなところが東京の大学生以上に強く意識されるため、
経営者にとっても頼もしい存在だと思います。

疲れ果ててスーツのままリビングで眠ってしまってる姿とか、
方言丸出しで電話してる声とか(あ、私もですが…)、
食卓を囲んで語り合ってる姿とか、
そんな素顔まで見える共同生活だからこそ、
彼女らの夢をもっと応援したくなります。

ど田舎大学だった私も、学生時代にこんな
「期間限定東京インターン」があることを知っていたら、
絶対来ていたのになぁ。

東京は一生住むところではないけれど
期間限定なら一度は住んでみる価値ありです。

「お味噌汁出来てますよー」
「洗濯物取り込んでおくね」
そんなあったかい雰囲気の中、
みんなで助け合って生活しています。

現在一室空いてますので、入居者大歓迎です。
あ、女子限定です。

ETIC.には男子寮もいくつかありますので
地域の学生も気軽にお問い合わせください。

投稿:by スタッフ 2005 06 02 | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2005.06.01

風人(かじぴとぅ)の祭 (佐々木健介)

週末に上野の野外音楽堂でやっていた「風人(かじぴとぅ)の祭」にいきました。

沖縄を中心としたアーティストの人たちのバンドフェスティバルのようなものなのですが、なんともよい感じでだらだらしているかんじで(笑)、肩のちからが抜けてここちよかったです。

演奏中にステージの前をこどもが追いかけっこしてたり、
オリオンビールと泡盛うってて飲みながら、

三線(しゃみせんみたいなの)がかなでる陽気な沖縄音階を聞くのは
なんともいい時間でした。

このライブは、いわゆる沖縄イベントなんですが、

ひとりのアーティストのよびかけではじまった一種の運動のようなもののようで、
東京ではまだまだ知名度が低いようですが、大阪とかではすでにおおもりあがりの様子。
ほとんど運営は各地のボランティア。

いわゆるLOHASというか、スローライフというか、
地球をあいしましょう!というものなんですが、

音楽というむりなく、みんなが楽しく入れるきりくちで、
ムーブメントをつくっていて、人の巻き込み方、場の作り方などなど、
いろいろとたいへん勉強になりました。
(うまくいっているムーブメントは、ほんとうに勉強になることがおおい!!)

むかしアカペラかじっていたときの仲間と、
メンバーのひとりの来年の結婚式に向けて、
2,3曲合わせようと盛り上がっていたところだったので、
音楽の力という意味でも、いろいろと感じる今日この頃です。

「風人(かじぴとぅ)の祭2005」
沖縄・西表島南ぬ風人まーちゃん

P.S.
そうそう、また来週上海行きます!
かなりいろいろおもろい人と会えそうで楽しみ。


投稿:by スタッフ 2005 06 01 | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック