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2005.03.31

人の季節(石塚 真保)

前の記事を受けて、15分でっ。

東京にいると、季節によって、目立つ人の層が変わります。


1月には、大学受験らしき、大きな荷物を持った地方からの若者。
2月~3月には、慣れない感じで、スーツを来ている就職活動生。
4月には、お母さんに手を引かれて登校する小学生や幼稚園生。
どれも、期待半分、不安半分。

今日は、オフィスに来る途中の道で、上司と新卒入社らしき社員の2人組が歩いている風景に出会いました。
新卒らしき女の子の方は、上司にレクチャーを受けている様子で、大きな荷物を持ちながらも、必死に返事をし、言われたことを覚えようとしていました。

明日は、4月1日です。
新しい春の始まりです。

ETIC.にも、新しいメンバーが入ります。
・横山さん(インターン&愛媛事業担当)
・岡本君(個人情報担当)
・吉田さん(CPWEBライター担当)

雇用形態は、バラバラですが、期待の新人たちです!
きっと、日記にも登場することでしょう。

乞うご期待♪

やった、10分!


投稿:by スタッフ 2005 03 31 | 固定リンク | コメント (2) | トラックバック

2005.03.30

新しい秩序?(番野 智行)

今、時はまさしく年度末!ということで、現在すべてのスタッフが追い込みモードに突入しています。

そんな中でも長く内容の濃い日記を書けてしまう(書いてしまう?)前の日の日記担当者の由利を「凄いなぁ、、」と思いつつ、何を書こうか真剣に悩んでいます。

・・

・・

・・そうだ、この悩みを日記にしよう。


昨日由利が触れていた15分ルール「スタッフ日記は15分程度で書ける内容にする。そのかわり、毎日継続する」を提唱したのは私です。

何故このルールが生まれたか。それは過去の苦い?経験からの反省です。

数年前にも、持ちまわり形式のスタッフ日記を始めたことがあったのですが、みんなが真剣に書きすぎて、だんだん「軽いノリのスタッフ日記」から「魂をこめて書かなくてはいけないエッセイ」になってしまったのです。そして、忙しさに追われて、続かなくなり、、、あっけない最後を迎え、日記はお蔵入りとなったのです。

・・・その反省から生まれた15分ルールです。


そして、今回の新しい日記が始まって、現在持ち回りの4巡目。状況はというと、、、みんな、やっぱり「魂をこめたエッセイ」を書いていますね(苦笑)。起承転結をバッチリおさえて、真面目に書いています。平均1時間はかけているな、、これは、、、。15分で書ける内容を投稿する空気ではありません。

「スタッフ日記」+「それを書くスタッフ」+「一定のルール」=「魂をこめたエッセイ」 とやっぱりなったわけです。

一定のルールの元にある仕組みを始めたとき、次第に新しい秩序?が生まれていく、、、
こういう出来事一つとっても、つくづく人間という生き物は、面白い、考えさせられる存在ですね。

ルールの存在など無視してついつい書かずにはいられないスタッフのみなさんを微笑ましく思いつつ、まあ、このルールのポイントは「15分以内で必ず書く」ことではなくて、「どれだけ忙しくとも15分だけでいいので時間を作って必ず書く」ことだし、、、と自分を納得させています。

読者?のみなさま、末永く、お付き合いくださいませ。
スタッフのみなさま、15分でもいいので、毎日続けましょうね。

*しまった、30分もかけてしまった、、、

投稿:by NPO法人ETIC. 2005 03 30 | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

桜の季節、遊就館へ ~なんとか、日記は4周目~(由利吉隆)

今日から日記は4周目です。
相変わらず日付が飛び飛びで、なかなか連続していないですね(-_-;)

日記の負担感を軽減する為に、日記作成に要する時間の目安は、「15分程度で」とETIC.内部では一応決めております。
が、一旦書き出したら、そうそう歯止めはかからず、「15分程度」が30分になり、1時間になり、気がつくと膨大な文章量を書いていたりします。恐らくこの日記も長くなりそうな予感・・・。ほんと、面と向かって話すのではなく、文章で伝えるって難しいですね。

さて、世間は俄かに春めいてきました。

「桜前線がどうしたこうした」とか、「今日は花粉が多くて・・」とか、ニュースや話題も春っぽいものが目立ってきた今日この頃。先週末、「チャレンジ・コミュニティ創成事業」のコミュニティ・プロデューサーであるNPO法人Jaeeの山中理事長の結婚式が大阪であり、そのついでに京都に寄って来ました。

円山公園の枝垂桜や、「哲学の道」の並木道など、桜でも咲いていてくれたら嬉しいな~と期待に胸を膨らませて行ったのですが、その淡い期待は無残にも打ち砕かれ、見事に一片も咲いておりませんでした(申し訳程度に梅が少々)。

せっかくの機会にも関わらず、桜が咲いていないとは何事じゃ~と、あまりの無念さに金銭感覚が麻痺して、幕末の志士:桂小五郎も馴染みにしていた高級料亭「幾松」に行き、ランチにも関わらず6,000円の懐石料理を食べたり(よくよくコストパフォーマンスを考えると、ちょっと後悔)、やたら高いお香を大量に購入したり(いつ使うんだ?)、散財の原因はすべて桜のせいにして、日曜日に東京に戻ってきました。

で、そんな名残惜しい桜の話題なんですが、開花宣言に使用する東京の標準木は、靖国神社にあります。神社の境内に植わっている特定の桜の木の咲き具合を、桜鑑定人(こんな職業が存在するかどうかは不明(笑))が独断と偏見で決めて、「東京、開花ですっ!!」と発表するそうです。

靖国神社といえば、千鳥ヶ淵も近く、いわずと知れた東京での桜の名所のひとつ。
でも、そんな見事な桜とは裏腹に、境内の右手奥にある「遊就館(ゆうしゅうかん)」の存在はあまり知られていない。そもそも「靖国神社ってどこにあるんだ?」という人もいるかもしれないので、老婆心ながら、場所は九段下です(市ヶ谷からでも歩けます)。

遊就館の話しを書く前に、質問をひとつ。
どんな人でも、長い人生、必ず迷いが生じたり、一時的に気分が低迷したりする時があります。そんな時、皆さんはどうやって解決しますか?

人によっては、やけ食いや衝動買い、カラオケに行って唄いまくる、酒を飲む、人に相談する、旅に出かける、読書、ひたすら仕事に打ち込む、何もしない・・・まさに百人百様の行動をとると思いますが、私の場合は、この「遊就館」に行きます。

さて、この遊就館。「館」というだけあって、美術館や博物館に近いものです。
では、そこに展示されているものは何か。そこには、学校の歴史の時間では、ほとんど教えられない、近代日本が歩んできた「道」がそのまま展示されています。

坂本龍馬や高杉晋作、西郷隆盛などが活躍する幕末の頃の貴重な資料から、日清・日露戦争、満州事変、太平洋戦争(第2次世界大戦)に至るまでの、書簡・写真・映像・歴史的資料が、詳細な解説付きで陳列してあります。

とりわけ、一番最後に、部屋一面を使って展示してある、特攻隊の若者が出撃直前に書いた数百名分もの遺書の展示が圧巻。これは、思わず言葉をのまざるを得ない。

明日は必ず死ぬという前夜、20年そこそこの自分の人生を振り返って、
・心をこめて両親に書く感謝の言葉
・妻や恋人に対する最後の優しさ
・自分の妹弟や子供に宛てた思いやり
・戦友への訣別の挨拶
・敗戦後の日本の国づくりを後進に託していく想い
を、戦時下の粗末な紙に書き綴っている。

最近のニュースでは、「親が子供を殺した」とか、「子が親を殺した」とか悲惨な事件が連日のように流れている。ほんの50数年前の日本では、この全く逆で、「親の為、子の為」に自らの命を賭した人々がたくさんいた。その中には、必ず死ぬと分かっていて、ゼロ戦のレバーを握り、自ら突っ込んでいった特攻隊という存在もいた。

調度、年齢的には我々と同じくらいか、さらに若い世代(10代後半~20代前半)が中心だった。

「その時は時代が時代だったから、、、仕方なく、、、嫌々ながら、、」
という事を、したり顔でのたまう人もいる。

そんな人には、遊就館にある、彼らの出撃直前に書いた「遺書」や「晴れやかな顔写真」を見たことがあるのかと問いたい。もう、明鏡止水の心境。ただただ純粋にこの国の将来を案じ、家族を想い、「国づくり」を後に続く子孫に託して、「行ってくるよ!」という清々しい、一点の曇りもない表情を見てもらえれば、決して軍部に強要されたものではなく、

・時代背景と、その中での自分の役割を認識し、
・自分自身より他人の為に、
・数十年(数百年)先の日本の国の形を思い描き、
・後につづく日本人の働きを信じて、

飛び立ち散華していったのがよく分かるだろう。

彼らが描いた「この日本の将来像」って、どんなものだったのだろうかと思いを巡らす時、当然ながら正確に認識はできないが、悲しいながら、少なくとも今の日本の現状とは違うなという確信は持ててしまう。

この50数年前というのは、平安時代のような遥か遠くの昔話ではなく、まだ我々の親の世代の話。少なくとも祖父母の超現役時代の話・・・

もちろん戦争は肯定しないけれども、やむを得ず若くして死んでいったこの若者たちの凝縮させた意思や、思い描いた日本の将来像は全肯定したい。そして、彼らが片道切符の飛行機に乗りながら望んだ、この国のあり方や素敵な社会を作りたいなと素直に思うのです。

これらの赤裸々な「最後の手紙」を読む時、些細なことで悶々としている現状や、迷いの幼稚さにはっとさせられます。この遊就館で過ごす時間こそが、停滞していた気分を吹き飛ばし、今やるべきことの使命・意味合いを再確認し、明日への行動のエネルギーを生み出してくれる、私にとっての一番の特効薬ですね。

今年の桜の季節、「遊就館」へ行ってみませんか?

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2005.03.29

「目から鱗」だった、ある日のランチ(竹内 路子)

最近、ある社長と新宿の美味しい回転寿司屋さんで、お寿司をつまみながら、おしゃべりしていました。

その数分後、私は7年分の鱗が、目から落ちました。
何を今更、というそんなことかもしれないのですが・・

学生時代から働き初めて早7年目。仕事の仕方、パソコンの操り方、
メールの返信、時間の使い方、全てが我流(なんてったって、メールフォルダ
の自動振り分けも使ってなかったくらい 笑)
教えてもらっても、「うーん良くわからない」って逃げてました。

時間がかかっていることを全て言ってみな、っていう社長に、立て続けに、
あんなこと、こんなこと、、と言っていたところ、
案外簡単だねー、そんなの、って言いながら、アッサリと改善策を立て板に水の
ごとく、応えてくれました。

「私は、非効率的なことが我慢できないから、後で面倒にならないよう、
 その時に少し手間でも、こういう工夫はするよ」
「まぁいいかぁ、メンドクサイけど、我慢しようで、
 7年間やってきたでしょ。」図星です(笑)

「本来もっと、あなたがやりたい仕事を実現するためにも、
今の仕事の量を半分の時間でできるよ」

細々とした時間短縮というパラダイムから、今の仕事の半分の時間を、やりたい仕事をする時間に使える!というパラダイムの変化は大きくって、私は仕事改善の意欲が湧いてきました。

そして、社長から、数々の教えを伝授して頂きました。

小技から、私の癖、特徴を踏まえた人間分析に至るまで(笑)
詳細はここにはかけませんが、小技は即実行!私の癖、特徴を踏まえた分析は非常に勉強になり、今はNew Styleを目指して、実践中です。

小技でやってみたこととえば、

・PCのフォルダを大掃除。整理分類を確立、古いデータの処分。
・メールフォルダを使いやすいように並べ替え。振り分け機能使用開始。
・ツールバーのカスタマイズ(全員に返信、とかをツールバーに入れる 等)
・よく使うフレーズは、頭文字一文字入力で、全文出るようにじゃんじゃん登録。
・机の上の書類は、「置き場」を決めて引き出しの中に。
・クリアファイルで整理している資料は、見出しラベルだけじゃなく、「色」で分けて
一目で分かるように(緊急・未決は赤、クライアントは緑・・)

一気にやってしまうと、なんと気持ちよいことか。なんと便利なことか。物がワンタッチででてくる快感(笑)探し物に費やしていた時間を思うと、想像以上に嬉しい変化でした。そして、費やしている時間もかなり軽減、パパパっと進むと、「オオ~!」と心の中で拍手喝さい。

自分のスタイルを振り返る、というのも、勉強になるものだなぁ~と実感。そして、そういう意見、分析をして下さるって、ありがたいなぁと深く、深く感謝した1日でした。

いい仕事をして、恩返しするぞー!(o^-')b

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2005.03.23

営業の達人・・(伊藤 淳司)

最近、わけあって生命保険会社P社の方と将来設計をしています。
その理由は・・

大した理由ではなく大台に乗る前に生命保険に入ろうかということで
後輩から紹介を受けた保険会社の方と一緒にお話をしています。

そのP社の特徴は生涯パートナーとフルオーダーメイドの保険ということでしたが
中身もさることながら、その方のプレゼンに見惚れてしまいました。。

「20分後には保険のセミプロになっていますよ」
と話しはじめて、使ったツールは3枚。

豊富な事例と顧客に合った「さもありなん」という出来事などを
織り交ぜながら、20分後にはゼミプロというより、保険について思いっきり
「当事者意識」を芽生えさせられ、その方の虜に完全にされてしまいました(笑)

厳しい選考の中から選ばれたというプロフェッショナルな方のトークに
営業ってほんと、「人」だよなぁ、と思った1時間でした。

良い所は真似させてもらって自分の営業姿勢の振り返りにも
なった達人との出会いでした♪

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2005.03.22

3月17日という日(加勢 雅善)

ETIC.では3ヶ月ぐらい前より3月17日というコードネームで
2つのイベントを表していました。

3月17日とは、“ チャレンジ・コミュニティ フォーラム 2005 ”と、
“ETIC. Entrepreneur Gathering 2005 ”というまったく別のイベントを
同じ会場で、同じ日にやってしまおうという計画のことです。
(実際は20人規模のイベントも合わせたら4つやりました。。。)

さてチャレンジコミュニティフォーラムとは
ETIC.でおこなっているチャレンジコミュニティ創成プロジェクトの
1年間の集大成として、200人ぐらいの規模で行ったイベントです。


そして、もういとつが、僕が企画の段階からかかわっていました
Entrepreneur Gathering!!

Entrepreneur GatheringとはETIC.年に一度の大交流会
という形で、ETIC.で行っている各プログラムの関係者・参加者
が一同に集まるイベントとして行われました

イベントには、総勢スタッフもあわせで350名以上が集まり、
インターンを終了した社会人から学生、そして70名以上もの起業家
が大終結いたしました。
18時30スタートでしたが、その時点で250席以上あった席が
もう座れない状態。

増設しても入りきらず。最後の方は立ち見の人もいましたね。

そして交流会が20時30分よりスタートしたのですが、一説には
その時400人以上入っていたのではないかとも言われるぐらい、
人がいっぱいでした
(あの会場の記録をつくったと思いますよ)

今回、参加できなかったプログラム参加者の皆様も
次回はぜひ参加してくださいね!

近日中にその模様をウェブページにて報告いたしますので
ぜひご覧くださいませ!

うーん、言葉にするのがなかなか難しいので、写真をどうぞ


この日だけで総人数500人ぐらいの人がこの表参道の場所に
集まったのですね!

entrepreneur_gathering_1
Entrepreneur-Gathering_2

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2005.03.15

家族

先週山形出張にいった。
そこにはマフィアの如きディープなコミュニティーが。

山形にいったのは稲葉裕代表率いる山形ベンチャーマーケット(YVM)
に訪問するためである。
そこで、稲葉氏を取り囲む支援者のみなさんに話を聞く機会を得た。

稲葉氏が学生時代がからバイトをし、店長まで任されたリサイクルショップを
経営する社長も訪問した。
彼は今回YVMの仕掛けた「アジアンルルド」プロジェクトのメインスポンサーに
もなっている。
元々実家が農業を営んでおり、自身も20代は農業に携わっておられたという。
農業の経験などを足場に、自らの仕事と人生について、独特の哲学をお持ち
の方であった。

彼が話してくださったことのなかで、「家族」という言葉が耳に残った。
「俺は二十歳の頃には総理になることも夢見ていたような人間だけども、今は
結局自分の愛するもの、親しい人たち、最終的には家族の幸せを守る。
それが自分の人生。ただ、そのために、仕事も命がけ。」
そして、「稲葉も平谷も(YVMの「アジアンルルド」担当者)家族みたいなもん
だと思って大事にしているんだ。」
他の支援者からも異口同音に同じような話がでた。そして、「稲葉のことを信じ
ているし、彼から自分も教えてもらってる」と。稲葉氏のプロジェクトの出資者と
なっているある人は、「稲葉、お前を信じているから、たとえお前が人を殺した
としても真っ先に知らせろ。俺が保証をしてやる」と激烈な言葉で励ましてくれ
たらしい。
そうした人たちに育てられてきた稲葉氏の中にも、当然彼等の恩に報い、
期待に応えたいという責任感があるし、自分がしてもらったように、後輩たちに
もしてあげるのはあたりまえだと自然に引き受けている。
そこに脈々と先輩たちの哲学の遺伝子が続いていることをかんじる。

チャレンジする理由のある、人がお互いに成長しあえる場をつくりだすというこ
とが、チャレンジコミュニティをつくる基盤になっていく。
だとするなら、人と人との間に、家族のような絆が生まれるためには、なんて
ことも考えていかなければ。

そんなことを山形で考えてました。
マフィアのような、ディープなコミュニティ。
その絆は時には重荷でもあるけれど、はまれば抜け出せなくなる魅力があるなあ、と。


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2005.03.13

ガラスのウサギ(佐々木健介)

本の表紙を見たら「ああ、これか」と小学校の読書感想文の課題図書を
思い出しました。本が苦手だった僕は結局読まなかったけれど。

usagi003

● 『ガラスのうさぎ』

戦時中に、家族を失うも強く生きる女の子を描いたお話。

10万人もの人が亡くなった東京大空襲60年の今年に、
アニメ映画化するそうですね。

「焼夷弾が雨あられのように降る中・・」では、
こどもたちには伝わらないんだそうです。

僕が受けるイメージも小学生のものとそう変わらないレベルな気もします。


● 「言葉」だけでは足りない

さまざまなメディアがそれぞれ存在感を持つ現代、
「言葉」だけでは伝えにくいものって、たくさんあるんだと思います。

「戦争の悲惨さ」など特に、どんなに悲劇的なレトリックが散りばめられていて
も、テレビ、携帯、漫画、ネットなどに日々触れる子供たちからみれば、わざわ
ざ本を手に取ろうということだけでもハードルが高いのかもしれない。
僕の時代から既にそうだったと思うけど。

「よい本だから読みなさい」って言って読む小学生どれくらいいるんだろう。

そんな時代だからこそ、「伝える方」こそがもっともっとよく考えなければいけ
ない。


● 「戦争はいけない」は、何も言っていない

戦争について考えることが、いろいろな人の中で増えることはとてもよいことだ
と思うけれど、

「戦争って悲しいね。戦争はやりたくないね。」

だけでは不十分なんだと思う。

それはみんな思っている。程度の差こそあれ。
実際に戦争が起きる現場なんて、もっとみんな強くそう思っているはず。

人を傷つけようと思って戦争をする人はいない。
やりたくてやっている人なんていない。

では、「なぜ戦争は起きるのか」を考えることが重要。


● 何でも、「人のせい」にしていないか

なんかこういう機会にふれて、都度考えたいですね。

みんな、自分を守ろうとして、自分が不安で怖くなって、
何らかの正義のために戦争をするのだから、

問題を相手のせいにして、相手を攻撃すれば問題が解決するという風に
考えてしまう自分のことをもっと考えたい。

人のせい、会社のせい、社会のせいとか普段言っていないか。
自分で立って、楽しく幸せに生きていられているか。


とかいうことをつらつら書いていたら、もう一度、小学生の時に読んだ漫画
「はだしのゲン」が読みたくなった。本屋に売ってなさそうだなぁ。

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2005.03.12

娘の成長に感じること(鈴木敦子)

育児休暇中日記2順目。今回は私の育児生活で感じることを少々。
(最後に画像付き!)


1月4日につるんと誕生した娘は現在生後2ヶ月と1週間。
産まれた時の体重3055g、そして現在ようやく4700gになりました。
しかし不思議。
産まれてから片時も離れずに一緒にいるのに、一体いつ大きくなっているのだろうか?
私にバレないよういに少しづつ少しづつ大きくなっているのね。

最初の1ヶ月は泣いたらオムツ、おっぱい、だっこの繰り返し。
1日約20時間は寝ているので、まるで動物のお世話をしているようだったけど、
今は少しづつ人間らしくなってきた。

今は、日中起きている時間が長くなってきていて、
その起きている間にいろんなことを学んでいるようだ。
まだ記憶力もないのに、一体どうやって学んでいるんだろう。

運動機能の成長は著しい。今は指しゃぶりができるようになった。
たかが指しゃぶり、だけど赤ちゃんにとってはすごいこと。
産まれたときは指しゃぶりもできなのです。
でもまだ、その指が自分の指だとは気づいていないのだからまた不思議。

心も成長してきました。機嫌がよいとよく笑うようになりました。
さらにご機嫌だと「あー」とか「うー」とか「あう、おう」とかお話を始めます。
何が言いたいのか全然わからないけど、「へえ~、そうなんだ~」と相槌をうってあげると、
更に嬉しそうに語りかけてくる。きっと何かを伝えたいんだろうなあ。
何を考えているんだろう。

人間って最初はそんなんだったんだ。と改めて人間を考える。
最初は、歩くことも話すこともできずに、記憶力もなくて視力もほとんどないのに、
本能で遺伝子でどんどん細胞を増やして、勝手に自分で学び成長していく。
人間は、本来たくましく学ぶ力をもって産まれているんだと。

きっと赤ちゃんは、誰にも邪魔されることなくその学ぶ力を伸ばして、
その柔らか頭をどんどん使って、細胞増やして成長しているんだ。
大人のほうが、アホなのかもしれない。
もって産まれたその学ぶ力を自ら放棄してしまうときがある。

私は、親としてその学ぶ力を信じて、
その力の成長を遮るようなことだけはしないようにしようと思う。


そして、私も娘を見習って一緒に学んでいこう。


追記:ちなみに娘は顔はしもぶくれで髪型はハゲおやじ。
でも、しぐさや笑顔かとてつもなくかわいくて毎日毎日私をハッピーにしてくれます。
今も、これを書きながら娘のかわいい姿を思い出してニヘラニヘラしちゃう♪


asahi

asahi2


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2005.03.10

インターンシップのコーディネーター(2)(内野 博礼)

こんばんは
ETIC.内野です。

きょうは前々回に引き続き、インターンシップのコーディネーターという仕事について書きたいと思います。

インターンのコーディネーターをしていて、日々、感じることがあります。

それは、僕自身が単に、インターン生がインターンをしている3ヶ月や6ヶ月間の「コーディネーター」ではなく、
インターンを経験する彼らの「生涯のコーディネーター」でありたいということです。

先週、2002年にインターンをはじめて、有料老人ホーム紹介サービス立ち上げのリーダーを担当、
今は介護業界をより良いものにしていくために、起業準備中のK君と事業計画の話し合いをしました。
まだ23歳の若さですが、業界では一目置かれていて、新聞記者をはじめ、メディア関連の方々も、
彼の今後に期待するほどの男です。

また、今日は、福祉分野のインターン先で3ヵ月インターンを経験した後、自分の「夢」を見つけて、
それを実現するために、今は就職活動をしているKさんと久しぶりに会って、今後について
色々と語り合いました。
彼女は、10年後には途上国の労働市場の問題に切り込んでいけるように、5年間は民間で力をつけたい
ということでした。

インターンが終わった今でも、彼らと繋がりを持てるのは、担当のコーディネーターとして
ほんとうに嬉しく思います。

これからも、インターン卒業生の「生涯のコーディネーター」として、
彼らの夢やココロザシの実現を応援したいと思った一日でした。

インターン経験者の皆さん、いつでも連絡下さいね!

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2005.03.04

Obusession【小布施ッション】に行ってきました♪【加勢 雅善】

小布施ッションってご存知ですが?
僕は1年ぐらい前から、聞いていて1回は行きたいと思っていたところ、3月3日の耳の日に行ってきました。
小布施ッションとは長野県小布施町で行われる、イベントのことです。多くの人に『いいよ!』『1回は行ってきな!』といわれてましたが確かに聞くと行くとではぜんぜんちがいました。。。

小布施ッションは、工場の階段を上がって、2階に受付があり、3階への階段を上がると秘密基地みたいに現れる会場がある、和風のつくりで天井が低く一体感があり
会場に入るなり沖縄の音楽<島人の宝-ビギン>が流れてきたゆっくりとした中に何が起こるんだという雰囲気!
さてさて、今回の講師は、高知県の神田氏<黒潮実感センター>で、里海というのとフィールドミュージアムを提唱し実践している方です。
僕が一番良かったな~と思うのは、体験学習を実感学習に変えたいというのです。

小布施ッションは、講演の後はパーティー、日本食料理を食べながらの多くの人の話、議員さんの候補や陶芸家・記者・学生・みんな違う他県から集まってきていました。
最後にみんなで沖縄の歌を肩を組みながら歌って・・・本日の会は終了!

帰ってから泊まっていたユースホステルでの7人ぐらいで二次会をしていました。
終ったのは3時・・・ここも魅力のひとつです。

Obusession

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2005.03.01

ディズニーもいいけど、、、(山内幸治)

昨日の栗本くんの日記に続いて、僕も「コミュニティ・ベンチャー起業家図鑑(仮称)」のことについて、少し触れたいと思います。

これは、地域にしっかりと根を下ろして、地域の問題解決や発展に向けて事業をされている先輩地域起業家の方々に、僕ら若者世代がその成長のポイントを学びにいくというスタイルで作っている事例集です。事例集というと、凄く固い感じのものをイメージされると思いますが、手にしたら、絶対にびっくり!すると思います。それだけ、デザインや写真にもこだわりを持って作っています。

この図鑑プロジェクト、本当に学ぶことが多いのです。例えば昨日栗本くんが取材に伺ったスキー場を経営しているNPO法人、不忘アザレア。もともと株式会社が経営していた蔵王のスキー場だったのですが、経営が破綻してしまったものを、スキー場を地元に残したい、地元の雇用を確保したい!と願う地元の住民たちの手で立て直したというものです。

なぜ株式会社が失敗していたものを、スキー場経営の素人だった住民たちが立て直すことができたのか。取材に行ってきたスタッフから、「株式会社はスキー場のこと(都合)しか考えていなかったが、不忘アザレアは地域のためにスキー場を残すことを考えていた」という話を聞きました。経営がNPOに変わってから、それまで株式会社の従業員だったスキー場のスタッフからは、「そんなことは今までやったことがない!」「これが本当にスキー場の経営なの?」という驚きの連続だったそうです。その秘密はぜひ4月末発行予定の本誌を読んでくださいね(笑)。

地域から本当に必要とされ、愛されている事業は、自分たちの事業のことだけでなく、地域全体のことを考えるという原点を持っている気がします。65歳以上人口が50%を超える、人口僅か2000人の町(徳島県上勝町)で、おばあちゃんたちが庭や山の葉っぱを商品(日本料理に彩りを添える)に変えて、年間2億円以上の売上を出している株式会社いろどりもその代表例です。単に儲かるから初めた事業ではなく、おばあちゃんたちがこの町でいきいきと過ごせるためには、と考え抜いた先に見出したビジネスです。事業を超えた地域への想いがあるからこそ、そのための工夫は細部の至るところに散りばめられています。

昔、ビジョナリーカンパニーという本を読んで、強く感動をしたことを覚えています。そこにはディズニーをはじめとする、世界の優良企業が紹介されていました。ビジョナリーと呼ばれる会社には、宗教にも似たような徹底した哲学があり、それが「神は細部に宿る」ごとく、徹底して具現化されている。その後、ディズニーに関する本を、かなり読みました。

ディズニーの哲学とその具現化に向けた仕組みの徹底さに憧れていましたが、いろどりや不忘アザレアもかっこいいなぁと、今回の図鑑プロジェクトで本当に感じています。ETIC.のインターンを受け入れて頂いているベンチャー企業経営者の方からも、同じような凄みも感じます。そんなビジョナリーな人たちは、東京はもちろん、日本全国にたくさんいるはずです。そんな人たちとつながって、本気になって仕事ができる環境にいることが、本当に幸せです。

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